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論の出発点として通常考えられている基本的欲求は生理学的動因で、あらゆる欲求の中で最も優勢なものであるが、その相対的優勢さによってヒエラルキーを構成している。さらに、基本的欲求のヒエラルキーに関する固定度について、欲求が充足されないと過大欲求に、充足がなされると過少評価されるようになり、欲求の強さは流動的で、相対的なものであり、無意識的な欲求のものの方が意識的なものより多く、欲求に基づく行動は複数であって単一の決定因子ではないことを述べている。
ガートルード・トレス7)はマズローの命題に基づき、五つの主要概念を明確化した。生理的欲求の関連概念は「空腹/食物、性、口渇/水、行動、刺激」で、安全は「安心、安定、依存、保護、恐怖・不安・混乱からの解放、構造・秩序・法律・制限へのニード、保護の強さ」である。生理的欲求や安全が満たされると所属と愛情の欲求がおこる。「親愛の情、集団または家族のなかでの位置、孤独、拒否、孤立の苦しみを避ける、親密さ」自己尊重では「強さ、達成、適切さ、支配と能力、孤立、自由などへの欲求、評判もしくは名声、名誉と栄誉、優越、認識、注目、重要性、威厳、賞賛などへの欲求」である。自己実現は「自分の本性に適することをなし、自分自身であろうとする。自己意識を含む。自分がなりうる者になろうとする。」と述べている。産婦は陣痛によって、生理的欲求が阻害されやすくなる。この欲求が充足されるためには、産婦が最も日常的な生活を送る場としてのアメニティの充実であろう。アメニティには施設・設備の物理的要素に関連が深いと考えられる。出産は全てが安全であるとはいいがたく、生理的欲求の阻害が(空腹や睡眠不足)分娩の進行を阻害する因子となりうることもある。また、分娩期に夫や家族の付添いを希望することは安心を欲求する表れであろうし、助産婦に呼吸や身の回りの世話を望むのも恐怖・不安・混乱から解放してほしいと願っていると考えられる。また出生直後の児を抱いたり、授乳の希望は愛情の欲求であると考えられる。自己尊重欲求の満足は、医療関係者の行動・言葉・態度などによって左右されると考えられる。産婦のニーズは医療関係者のサポートによって充足されながら産婦の達成感・能力感が満たされ、出産に耐えたという栄誉をあたえられ、「満足な出産」へとつながると考えられる。ところが、これらの欲求が阻害されれば、劣等感、弱さ、、無能さの感情を生み出す。従って、産婦個人が潜在的に持つものを発揮し、他のニードが本当に充足された時、「満足な出産」になりうるのではないだろうか。
宗像恒次8)は日本社会の特徴から「おまかせ」医療となる患者と医師の関係を述べている。「おまかせ」は「医学的な知識や判断能力や治療手段を持たない者が、医師との情緒的な結びつきの強さを利用して、最もよい結果を得ようとする智恵の所産」と述べている。これは、妊婦や産婦と医療関係者間の関係にも置き換えられ、情緒的な依存関係を用い、医師・医療関係者から様々な最大の援助と責任感を引き出すために、無知や無力を装い、医療者が責任をとるようにしむける。出産は妊婦にとっては自分の経験から学び得ない、あるいは対処できない出来事であるために出産に対する考えがあったとしても行動としては受け身的態度を取らざるを得ないと考えられる。さらに「おまかせ」医療の限界や新しい患者関係について言及している。
サリーインチ9)は序文の中で「望ましい、産前、産後、そして出産のケアが受けられるためには妊産婦を中心とした生む側の声が産ませる側に届かなければなりません。」と述べ、技術と知識の限界を明らかにするために462件の文献を用い、医療を変えることのできる立場にある一般の人々に力強い助言を送っている。加納尚美10)はこれを受け、体験を通して日本の出産現状について言及し、よいお産とは安全で自然な出産であり、産む側・介助する側の真の信頼

 

 

 

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